ホームズはしつこく語る

内田樹氏のブログで、シャーロック・ホームズについて語っていた(「緋色の研究」の研究)。その中で取り上げている、ホームズが「遡及的推理」「分析的推理」について語るシーンは「緋色の研究」のヤマ場であり、シャーロック・ホームズの推理スタイルが明示された瞬間である。

この他にも、「シャーロック・ホームズ」シリーズには「格言」として僕らも取り入れることのできるフレーズが繰り返し出てくる。「頭の中の屋根裏部屋」「観察と推理」「些細なことへのこだわり」「思考のリセット」(勝手に名前つけています)など...
その内容はおいおい整理することとし、今回は第一の原則「先入観の排除」についてのみ記しておく。

「ホームズ」シリーズの序盤は、ホームズとワトスンのやり取りが中心となる。ここでは、困惑するワトスンに対して、ホームズが推理の原則が伝授される(というよりお説教)場面が多い。それでもワトスンは毎度同じように困惑するのだが...

まず第一作である「緋色の研究」、推理を行う上で最も大事な原則が語られる。

「まだデータがない。証拠材料もそろわないうちに推理を始めるのはたいへんなまちがいだよ。判断を偏らせてしまう」
(新訳シャーロック・ホームズ全集 緋色の研究 アーサー・コナン・ドイル 日暮雅通 訳 光文社文庫 P46)

「あたりまえ」の話である。でも、僕らが繰り返す間違いの大半は、判断の材料が揃う前から形成されている先入観、問題に向かう前から「既に形成されていた仮説」が原因である。仮説思考という思考スタイルはホームズも使うスタイルだ。しかしそれはあくまでも目の前に揃えた証拠にのみ基づくものである。
先入観は自覚することが難しい。わかっていても気がつけばそれに囚われている。だから、しつこいほど意識し、排除しなければならない。

「まだ資料がない。論拠をもたずに理論を構成しようとするのは、重大な過ちだ。事実に合う理論を生み出すのではなく、無意識のうちに理論に合わせて事実をねじ曲げるようになってしまうからね」
(新訳シャーロック・ホームズ全集 シャーロック・ホームズの冒険 アーサー・コナン・ドイル 日暮雅通 訳 光文社文庫 P17『ボヘミアの醜聞』)

「まあ、そう考えられている。でもね、ぼくとしては、自分の手で調べてみるまで、決めつけたくはないんだ」
(新訳シャーロック・ホームズ全集 シャーロック・ホームズの冒険 アーサー・コナン・ドイル 日暮雅通 訳 光文社文庫 P140『ボスコム谷の謎』)

「なによりも大事なのは、相手の個人的資質に判断を左右されないようにすることだ。ぼくにとって、依頼人は問題中のひとつの構成部分、ひとつの因数にすぎない。感情的なものが入り込むと、明快な推理ができなくなる」
(新訳シャーロック・ホームズ全集 四つの署名 アーサー・コナン・ドイル 日暮雅通 訳 光文社文庫 P31)

これでもかという位に語られる「先入観の排除」。これは、デカルトが語る分析のための「四つの原則」でも第一の原則としてあげられているのだ。

第一は、私が明証的に真であると認めたうえでなくてはいかなるものも真として受け入れないこと。いいかえれば、注意深く速断と偏見とを避けること。そして、私がそれを疑ういかなる理由ももたないほど、明晰にかつ判明に、私の精神に現れるもの以外の何ものをも、私の判断のうちにとりいれないこと。
(デカルト 方法序説ほか 野田又夫・井上庄七・水野和久・神野慧一郎 訳 中公クラシックスP22)

スピードを求められている現代で、「速断」はポジティブに捉えられる場合が多い。しかしそれはネガティブな結果につながるおそれがある。それを避けるために「思考の溜め」を意識することが必要だと思う。

というわけで、『みなさん、暑い夏休みはシャーロック・ホームズを読んで過ごしましょう。さいわい、どこの本屋でもホームズの文庫本が切れるということはありませんから。

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