ログを遺すということ

情報は体験(行動)を伴ってはじめて価値を生む。ベースはあくまでもフィジカルな経験であり、情報はそれに加味する調味料。素材を引き立たせることができるものであるが、無い方が良い場合もある。

義経マップ


上はGoogleMapAPIの存在を知ったときに初めて作ったコンテンツ(2~3年くらい前か)。源義経が誕生し、そして命を絶つまで地理学的なログを表したものである(LINK)。何のことは無い簡単なものだが、実はこれ以降にこれ以上にインスピレー ションを与えてくれた地図コンテンツは無い(他人のつくったコンテンツ・サービスも含んで自画自賛)。※技術的な話ではなくて

人生は到達した地点ではなく、そこまでの経路に意味が含まれる。人生は「ログ」を遺す作業であり、これを省略してしまった人はあっさり全てを失う。「ログを遺す」とは、自分がどこにいるか、どの方向を向いているか、どの方向を向いているか、周りに何があるか...等を身体をもって認識しつつ、次の方向に向けて一歩踏み出す作業のことである。もちろん、上記の内容を認識するための探査・座標取得のプロセスもそこに含む(もちろんこれらの単語は地理学的意味だけで使っている訳ではない)。

「ログ」は自分の脚で一歩ずつ進まないと貯まらない。
どこに到達したかは大して重要でない。
人それぞれの「偶有性」の荒野の中でどう考え、どう歩んできたか。
それがよく生きたかどうかということではないだろうか。

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