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    <title>RADICAL TALK</title>
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    <title>フラッシュバック - RADICAL TALK</title>
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    <published>2011-12-29T07:53:28Z</published>
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    <summary>先日まで数日かけて三重県の海岸沿いを踏査した。桑名から鳥羽までの伊勢湾沿岸、鳥羽...</summary>
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        <![CDATA[<div>先日まで数日かけて三重県の海岸沿いを踏査した。桑名から鳥羽までの伊勢湾沿岸、鳥羽から鵜殿までの熊野灘沿岸。</div><div><br /></div><div>一人で車を運転して土地勘も無い中で海岸沿いの防災施設の状況を見てまわり...どこも本当に素晴らしい景色で（チラ見程度しかできなかったが）、日本の誇る景勝地であることを実感した。</div><div><br /></div><div>ただ、車を走らせながらもやはり気にかかるのはあれのこと。</div><div>三重県沿岸の海岸には、必ずあるのは避難場所を示す矢印看板。あああそこに行くのね、とわかりやすい。静かな、のんびりとした空気の中に緊張感がミックスされている。</div><div><br /></div><div>僕は3月から約半年、気仙沼を中心に三陸沿岸に通い続けていた。そのとき見た光景と全くといっていいほど同じなのだ。尾鷲は南三陸や気仙沼であり、七里御浜や伊勢湾沿岸は荒浜や野蒜である。</div><div><br /></div><div>三重県等太平洋沿岸では、東海・東南海・南海地震に備えて三陸沿岸と同レベルの防災対策が施されている。東日本大震災の教訓もあり、それなりの避難はなされるはずだ。しかし、沿岸の集落・都市は壊滅し、その光景は激変するはず。</div><div><br /></div><div>眼の前に広がっているのは、明日には全く異なったものになるかもしれない景色、いつ変貌するかわからないが「今、この眼の前」に広がっている風景である。その中にその前に立ってゾクッとした。破滅を秘めた美しさというべきか。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>最後に防災に関わる内容を一つ。特に熊野灘南西部は内陸部の都市からのアクセスが無い。道があってもとにかく狭く、大型車両の通行も制限される。これは東北で機能した一ノ関・盛岡・遠野などからの「櫛の歯作戦」を適用することが出来ない、ということだ。</div><div>その後しばらくは避難生活、復旧活動は相当困難になるはずである。十分な支援が無くとも何ヶ月かは自力でなんとかしなければならない、という覚悟と準備が各市町には必要だと思う。</div><div><br /></div> ]]>
        
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    <title>半年が過ぎて - RADICAL TALK</title>
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    <published>2011-09-18T13:51:33Z</published>
    <updated>2011-09-18T13:56:40Z</updated>

    <summary>震災から半年が過ぎ、あれほど沿岸域を埋め尽くしていた瓦礫も片付いてきた（といって...</summary>
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    <category term="東日本大震災" label="東日本大震災" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[<div>震災から半年が過ぎ、あれほど沿岸域を埋め尽くしていた瓦礫も片付いてきた（といっても何箇所かに積み上げた、というだけだが）。瓦礫を片付ける音、生臭い匂い...それが無くなり、その場所から生活の痕跡が消えていくように感じる。</div><div><br /></div><div>雑草の緑に覆われてきた場所もある。自然の方が復旧が早い。このまま自然に帰してはどう？という考えも一瞬よぎった。</div><div><br /></div><div>写真は上から陸前高田、南三陸（歌津）、気仙沼。</div><div><br /></div><div><br /></div><a href="http://www.flickr.com/photos/nkss/6158106839/" title="DSCN2401 by gitmonster, on Flickr"><img src="http://farm7.static.flickr.com/6186/6158106839_34427a5f57.jpg" width="500" height="375" alt="DSCN2401" /></a><div><br /></div><div><br /></div><a href="http://www.flickr.com/photos/nkss/6158108335/" title="DSCN2547 by gitmonster, on Flickr"><img src="http://farm7.static.flickr.com/6080/6158108335_a61f7ae0a1.jpg" width="500" height="375" alt="DSCN2547" /></a><div><br /></div><div><br /></div><a href="http://www.flickr.com/photos/nkss/6158107055/" title="DSCN2523 by gitmonster, on Flickr"><img src="http://farm7.static.flickr.com/6201/6158107055_4190721a7f.jpg" width="500" height="375" alt="DSCN2523" /></a>]]>
        
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    <title>ただ業務評点のためでなく - RADICAL TALK</title>
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    <published>2011-09-16T08:27:41Z</published>
    <updated>2011-09-16T08:31:20Z</updated>

    <summary>社内で「目指せ業務評点80点」というお題で何か無いか、という話があったので以下の...</summary>
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        <![CDATA[<div>社内で「目指せ業務評点80点」というお題で何か無いか、という話があったので以下のような文章を書いた。</div><div>業務評点80点を目指してどうこうというのも何だかなぁというスタンスで書いたものであり、要望に合わずあっさり捨てられているはず。せっかく書いたのでここに載せておきます。</div><div><br /></div><div>------</div><div><br /></div><div>アイデアの方向性は「めざせ業務成績80点」という事のようですが、そもそも我々は高得点を取ることを最終目的としてはいません。</div><div><br /></div><div>もちろん発注者の要望に応えつつという部分もありますが、業務発注に至る社会的要請を考え、そしてこの業務の成果が社会にとって意義のあるものとなれ、というようなもっと「射程距離の長い」意識を持って我々は業務を進めているはずです。</div><div><br /></div><div>評点というのはあくまでも発注者からの評価であり、社会的評価とは必ずしも一致しません。</div><div>こうした中で高得点を獲るというのは、以下の状況が業務の中でみられたということだと考えています。</div><div><br /></div><div>（１）我々が考える成果品のあるべきイメージと、発注者の考えるイメージとが「たまたま」一致しただけ。</div><div>（２）発注者の考える成果品のイメージを上回るものを我々が「提案」し、発注者に「納得してもらい」「受け入れられた」。</div><div><br /></div><div>格好いいのは（２）ですが、これを実現させるのは非常に難しい。技術力・コミュニケーション力があればそれでいい、というわけではなく（もちろん必要です）、発注者と受注者の相性や提案のタイミングなど不確定要素に左右される面も大きい。</div><div>ただ、とにかく必要なのは「発注者の価値観を変える」ような提案をしない限り高評価は決して得られない。</div><div><br /></div><div>そう考えると、我々にとって「戦略的に良い」取り組み姿勢とは、射程距離が長くスケールの大きい、かつ現実的（きちんと納得してもらうような）な提案をし続けることでしょう。それで高得点をもらえればありがたいし、そこそこの点数であったとしても、我々が手を尽くした結果であれば気にする必要はない。</div><div>逆に点数を稼ごうとする「ちんまい」考えでは、提案のスケールが小さくなるおそれがあります。</div><div>業務の規模も関係ないと思います。200万円の業務でも80点もらうことは可能です（これはおそらく上記の（１）にあてはまる）。</div><div><br /></div><div>（中略）</div><div><br /></div><div>とにかく「ただ点数のためでなく」、自分が丹念に育ててきたアイデアを大胆に提案すること（現実性が担保されているのは当然）。その繰り返しの中で何回かは高得点をもらえることもある、というスタンスが必要ではないかと思います。</div> ]]>
        
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    <title>原発を抱きしめて - RADICAL TALK</title>
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    <published>2011-08-21T05:04:59Z</published>
    <updated>2011-08-21T05:10:08Z</updated>

    <summary>　原発事故以来、政府・東電の対応のまずさ、これまでの原子力発電に関する政策誘導に...</summary>
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    <category term="原発" label="原発" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="東日本大震災" label="東日本大震災" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gitmonster.com/radical_talk/blog/">
        <![CDATA[<div>　原発事故以来、政府・東電の対応のまずさ、これまでの原子力発電に関する政策誘導に関する批判や、今後の原発運用に関する議論が毎日展開されている。</div><div><br /></div><div>　私自身は、恥ずかしながら原発政策の是非に関してはこれまで考えたことがなかった。しかし、今回の事故を機に報道や言論をもとに勉強しながら考えたところ、私自身は脱原発の立場をとろうと思った。</div><div>　なぜなら、今回の事故で露呈したのは、原子力という力を人間はまだコントロールできていない、ということを感じたからだ。事故の原因は地震や津波により送電・発電機能が簡単に失われ、原子炉を冷却することができなくなった事によると言われている。これに対して、最初にどのような対応が取られたか。最初は自衛隊のヘリを使った「バケツリレー」。次にコンクリートポンプ車を使った水の「散布」。有史以来最も強大なエネルギーである原子力の暴走に対して、あたかも灰皿の火を消すような対応しかできなかった。更に撒き散らされた放射性物資については、自己発生から数ヶ月経つにもかかわらずその拡散範囲は不明瞭。我々の健康被害への影響ははたしてどれほどのものか。</div><div>　このように、原子力を扱うには我々はまだ未熟であり、その場しのぎの対応しかできないのが現実である。事故発生の確率を減少させることだけが「安全」なのではない。有事の際にもその影響を最小限とすること、そこまで考えてはじめて「安全」を語ることが可能となる。しかし我々はそのステージに立つには技術的・人格的に程遠い。</div><div><br /></div><div><img alt="原子炉マークⅠ.jpg" src="http://gitmonster.com/radical_talk/blog/%E5%8E%9F%E5%AD%90%E7%82%89%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%AF%E2%85%A0.jpg" width="400" height="503" class="mt-image-none" /></div><div><br /></div><div>　これは私の個人的な意見であり、脱原発は私の希望である。だからそれが実現されるかどうかは不確実である。しかし、確実なことが一つある。それは、どちらにせよ、「原発とはもうしばらく付き合わなくてはならない」ことである。</div><div>　原発の運用を継続することになった場合はもちろん、脱原発の考えが主流となり、今後は新規建設の中止、既存施設の廃止、という方針が打ち出されたとしよう。その場合でも、福島第一原発の後始末だけでなく、全国数十基の原発の冷温停止・廃炉の作業が必要となる。これは数十年というスパンで取り組まなければならないことであるし、これまでの原子力発電の過程で算出された放射性廃棄物は、数百年〜数万年というスパンで残存する。</div><div>　「原発は恐ろしい、だから私は脱原発の立場を取ります。」という考え方を表明する人は少なくない。ただ、その合間に「だから後始末はこれまで原発政策を推進してきたあなた方、よろしくね」という意識を含んではいないか。</div><div>　東電・政府の責任逃れを批判する人は多い。しかし、それを批判する側の人間もこれまでの原発政策・現在の対応を批判する事により責任逃れを図っていないか。</div><div>　正直私もそうである。原発に関するニュース・言説を目にする度、原発のことを考える度、批判的・攻撃的な精神状態になる自分に気がついた。それはなぜかと考えた。つまり、原発政策・対応を批判する事により原発問題から目を背けようとしていたのだ。</div><div>　</div><div>　原発問題は、我々の世代が死ぬまでに到底解決する問題ではない。将来的な原発の運用については、それぞれの意見があっていいと思う。しかし、原発は実際に今我々の目の前に存在しているのである。それは我々が産み出してしまったものであり、そしてその幾つかが福島で無残な姿で叫び声を上げてのたうち回っている。今一度現状を冷静に直視し、この状況をどのように受け入れるべきか、そして広島・長崎・福島計3回の大規模被曝の経験をどのように後世に伝えていくかを考える必要がある。</div> <div><br /></div>]]>
        
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    <title>大きな仕事をするために - RADICAL TALK</title>
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    <published>2011-08-17T12:17:25Z</published>
    <updated>2011-08-17T14:44:40Z</updated>

    <summary>会社で話をしていて、ある人が、「誰かの手伝いのような仕事だと業務の全貌がつかめな...</summary>
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    <category term="仕事論" label="仕事論?" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="贈与論" label="贈与論" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[<div>会社で話をしていて、ある人が、</div><div><br /></div><div>「誰かの手伝いのような仕事だと業務の全貌がつかめないのでやりづらい。業務の最初から、施主との打ち合わせにも参加しながら進めるような仕事の方がいい」</div><div><br /></div><div>と言っている、という話題になった。</div><div><br /></div><div>そう考える気持ちはわかる。誰だってそうだ。ましてや、その人はあまり人の話をじっくり聴くタイプではない。だから自分で情報を集めて進めていく方がやりやすいのだろう。</div><div><br /></div><div>ただ、そうした希望はすぐにかなえられるようなものではない。中継ぎで主に働いてきた投手が、突然「先発でないとイヤ」と言ったところで、チームの投手事情や当人の実力・持ち味に応じて配置は決められる。本人の希望は二の次なのが現実。</div><div><br /></div><div>そもそも、僕は仕事とは「分けてもらう」ものだと思っている。自分の担当する分野における先達から、「これやってみる?」と分けてもらうものだ。</div><div>直接、会社の上司や先輩から分けてもらうだけではない。自分で種をまいて（営業して）収穫（受注）した業務であっても、その営業・受注のチャンスは誰か（見知らぬ誰かも含む）に分けてもらったものである。純粋に自分で選び、勝ち取ったものではないのだ。</div><div><br /></div><div>そうした中で、自分の意向を実現させていきたいと願う気持ちがある。解決への道筋はただ一つ、先達の信頼を得ること。</div><div>小さな、良く分からない、面倒な仕事だとしても、分けてもらった仕事を大切にこなす。そして自分の意向を「ほのめかす」。その積み重ねがある日、もう少し大きな仕事を「ちょっとあいつにやらせてみるか」に繋がるのだ。</div><div>はじめから「俺に全部やらせろ、情報はすべてよこせ」という態度では、仕事を任せてみようと言う気にならない。</div><div><br /></div><div>自分の持ち場というのは、自分の意向と関係なしにほとんど偶然に「分け与えられる」ものだ。でも、その持ち場を大切にする人に対しては、もう少しいいものを分けてやろう、という気持ちが働く。それを待ちながらコツコツとやる、というものなのだと思う。</div><div><br /></div><div>この点はフリーランスもサラリーマンも一緒ではないだろうか？</div> ]]>
        
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    <title>静と動、その中にも尊厳 - RADICAL TALK</title>
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    <published>2011-06-26T12:48:13Z</published>
    <updated>2011-06-26T12:53:33Z</updated>

    <summary>僕は今、震災復興関係の業務に携わっており、気仙沼及び南三陸周辺を中心に走り回って...</summary>
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    <category term="東日本大震災" label="東日本大震災" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gitmonster.com/radical_talk/blog/">
        <![CDATA[僕は今、震災復興関係の業務に携わっており、気仙沼及び南三陸周辺を中心に走り回ってきた。それらの地域は甚大な被害を被り、今も瓦礫処理や復興に向けた活動が進められている。多くの人々・車両が走り回り、重機が忙しくアームを振り回す。<br /><br />　先日、亘理町・山元町から相馬市にかけて状況を見て回った。気仙沼・南三陸を｢動｣とすれば、これらの地域は｢静｣。もちろん重機や車両はいるが、全体的な雰囲気が全く異なる。広い平野部という地形的条件もあるのだろうが、｢無い、ただ何も無い｣としか言いようもない空虚な雰囲気がこの地域には漂っている。<br /><br /><a href="http://www.flickr.com/photos/nkss/5872237397/" title="DSCN1521 by gitmonster, on Flickr"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5158/5872237397_ac7926a990.jpg" alt="DSCN1521" height="375" width="500" /></a><br /><br />　気仙沼のような復興に向けた派手なニュースも無く、メディアからは忘れ去られているのかもしれない。そして正直｢復興｣には程遠い。例えば、山元町の役場は3カ月経った今でも被災直後のような騒然とした光景がある。<br /><br /><a href="http://www.flickr.com/photos/nkss/5872795412/" title="DSCN1485 by gitmonster, on Flickr"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5072/5872795412_4582067af3.jpg" alt="DSCN1485" height="375" width="500" /> </a><br /><br />　そんな中でも、ある漁港ではただ一隻、他所からもらった小さな漁船一隻で漁を始めようとしている。瓦礫を片付け、もう一度...残り少ない人生でも漁師として生きよう、ともがいている。何も無くなった、ただ何も無いそこにおいても、その土地にはそこに住む人々の人生が残っている。<br />　忘れ去られた土地においても、ささやかであっても人生を全うしようともがいている人がいる。ただ船を出し、ただ魚を獲る。それだけのことかもしれないが、それを説明する為には｢人間の尊厳｣という言葉が必要だ。]]>
        
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    <title>たった1メートル - RADICAL TALK</title>
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    <published>2011-05-23T12:05:42Z</published>
    <updated>2011-05-30T12:51:06Z</updated>

    <summary>東日本大震災において発生した現象は大きく4つ。地震動（液状化現象も含む）、津波、...</summary>
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    <category term="東日本大震災" label="東日本大震災" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gitmonster.com/radical_talk/blog/">
        <![CDATA[東日本大震災において発生した現象は大きく4つ。地震動（液状化現象も含む）、津波、放射性物質飛散、そして地盤沈下だ。<br />地震動、津波、放射性物質飛散についてはもちろんご存知であろう。しかし、地盤沈下については多少報道で取り上げられているが前の3つに比べてその影響を想像しにくい。<br /><br />-----<br /><br />平成23年（2011年）東北地方太平洋沖地震に伴い、電子基準点の解析結果から、東北地方の太平洋沿岸地域において顕著な地盤沈下が確認されました。国土地理院では、当該地域の詳細な地盤沈下を把握することを目的として、太平洋沿岸地域の一部の基準点において、GPSによる観測を行い、標高の変動量を調査しました。（2011/04/14 国土地理院）<br /><br />http://www.gsi.go.jp/sokuchikijun/sokuchikijun40003.html<br /><br />-----<br /><br />調査対象となった基準点のうち、最大は陸前高田のマイナス84cm。沿岸域では概ね1m前後の沈下が発生している可能性がある。<br /><br />実際、気仙沼港でも岸壁やその背後の敷地が浸水しているし、気仙沼以外でも女川や石巻で酷く浸水が生じ、水際線付近は使い物にならない。港湾だけでない。住宅地や農地も使い物にならない。<br /><br />（気仙沼漁港－岸壁背後の浸水）<br /><a href="http://www.flickr.com/photos/nkss/5750693250/" title="R0014380 by gitmonster, on Flickr"><img src="http://farm4.static.flickr.com/3591/5750693250_776acb7f99.jpg" alt="R0014380" height="375" width="500" /></a><br /><br />（女川漁港－岸壁背後の浸水）<br /><a href="http://www.flickr.com/photos/nkss/5750693376/" title="R0014761 by gitmonster, on Flickr"><img src="http://farm3.static.flickr.com/2400/5750693376_26a56d1a4b.jpg" alt="R0014761" height="375" width="500" /></a><br /><br />（石巻漁港－岸壁背後の浸水）<br /><a href="http://www.flickr.com/photos/nkss/5750693530/" title="R0014811 by gitmonster, on Flickr"><img src="http://farm3.static.flickr.com/2776/5750693530_f90de38dca.jpg" alt="R0014811" height="375" width="500" /></a><br /><br /><br />取り急ぎ考えうる対策は「かさ上げ」である。砕石・土砂を盛って地盤を上げればよい。しかし、東北地方沿岸をかさ上げするにはどれだけの材料・手間がかかるのか。下水の逆流はどうするのか...問題は山積だがやらねばならない。<br /><br />しかし待てよ...今回の地震の規模はマグニチュード9、破壊断層は長さ400km×幅200kmという規模である。これにより生じたたった1mの高さの変化、わずかな歪みである。しかし、そのわずかな歪みが、僕たちが長年かけて造ってきたものを役立たずにする。僕たちの生活を支えてきたものがどれだけ微妙なバランスの上にあったのか、なんて脆弱なものなのか。たった1mで台無しになるんだぜ。<br /><br />【5/30追記】<br /><br />地盤沈下の状況が面的なデータとして整理された。満潮時の浸水域が広がり、これからの季節は非常にキツイ。復旧作業も滞るし、衛生的にも問題。<br /><br />-----<br /><br />宮城県沿岸部における地震に伴う地盤沈下について　（国土交通省　平成23年5月26日）<br /><br />　東北地方太平洋沖地震に伴う地殻変動により、宮城県の沿岸部では広範な地盤沈下が発生しています。<br />　また、津波により、堤防等の施設が破壊され、高潮等に対する安全性が著しく低下していることから、航空レーザ計測等※１により得られたデータより、宮城県沿岸の地盤高を把握し、海面との高さの関係を整理しましたのでお知らせします。<br />　地震後にはこれらの地域において、海抜０ｍ※２以下、大潮の満潮位※３以下、過去最高潮位※４以下の面積※５が増加しており、それぞれ、56 km2、129km2、216 km2 となっています。<br /><br />※1 一部現地測量等の成果を使用して補正<br />※2 東京湾平均海面（T.P.±0m）<br />※3 朔望平均満潮位：新月および満月の日から5 日以内に現れる各月の最高満潮面の平均値。ここではT.P.+0.7m<br />※4 T.P.＋1.58m （観測所：仙台新港験潮所1980～2010 の統計）をT.P.+1.6m として算出<br />※5 面積は、国土地理院発表の津波到達範囲（浸水範囲）内のみを計測。小数点第一位を四捨五入<br /><br />※ 同様の発表を、東北地方整備局、宮城県より宮城県政記者会、東北電力記者クラブ、東北専門記者会に対し実施しております。 <br /><br />http://www.mlit.go.jp/report/press/river03_hh_000335.html<br /><br />-----<br /> ]]>
        
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    <title>やはり祈る - RADICAL TALK</title>
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    <published>2011-05-08T12:25:46Z</published>
    <updated>2011-05-08T12:42:36Z</updated>

    <summary>2011年3月11日、今の時代を生きる僕らにとって、そしてこれからの時代を生きる...</summary>
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    <category term="東日本大震災" label="東日本大震災" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gitmonster.com/radical_talk/blog/">
        <![CDATA[2011年3月11日、今の時代を生きる僕らにとって、そしてこれからの時代を生きる人々にとって、一つの大きな転換点となる事柄があった。東日本大震災である。<br />これを機に、時代は大きく変わっていく。具体的には、社会システムや人々の価値観。どう変わるのかはまだ分からない。それが見えてくるまでにはもう少し時間がかかるだろう。<br /><br /><a href="http://www.flickr.com/photos/nkss/5699423830/" title="R0014106 by gitmonster, on Flickr"><img src="http://farm3.static.flickr.com/2285/5699423830_d796d1462f.jpg" alt="R0014106" height="375" width="500" /></a><br /><br />その中でも一つのキーワードが浮かんでくる。それは「現実」。僕たちがあたりまえと思っていたことが結局は単なる思い込みであった。僕たちの足元は決して堅固な地盤でなく、即座に液状化してその支持力を失う脆弱なものであるという「現実」。<br />その傾向は、震災以前にも徐々に顕在化していた。年金問題、サブプライム・ショック、官僚機構、政治とカネ、検察問題、ウィキリークス...徐々にあたりまえという名の圧力容器が崩壊、その下に隠されていた現実という名の炉心が現れ、マグニチュード9の力でついに剥き出しとなった。<br /><br />経済原理が生み出したモンスターである原発が暴れ出し、津波によりささやかな暮らしの基盤・多くの生命が失われた。人間は「現実」の前では圧倒的に無力だった。僕たちの足元は何と脆弱であったのか。<br /><br />しかし、僕らの中に思わぬ変化が生まれた。これほどまでに「自分以外の誰か」のことに思いを馳せただろうか。自己責任・自己実現という言葉を当たり前のように使ってきた僕ら。圧倒的な津波、瓦礫の山、立ち上る煙を目の当たりにし、心の中の大きな変化を感じた。<br /><br /> <a href="http://www.flickr.com/photos/nkss/5698835715/" title="R0014484 by gitmonster, on Flickr"><img src="http://farm4.static.flickr.com/3338/5698835715_ebd80e20d7.jpg" alt="R0014484" height="375" width="500" /></a><br /><br />そして僕らは祈った。家族、友人、見知らぬ誰かのために。「がんばろう」という言葉は、単なる励ましの言葉ではない。多くが無宗教である日本人（及び日本人を心配してくれる人々）が、自分以外の誰かのために捧げる「祈りの言葉」として採用したマントラ。<br /><br />自然の前では圧倒的に無力であるという「現実」、それに対して人間は古来より「祈る」ことしかできなかった。そして今も「祈る」。そして生きる。当惑しつつも。<br /><br />]]>
        
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    <title>震災関係ニュースの抜書き04/03 - RADICAL TALK</title>
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    <published>2011-04-03T10:10:23Z</published>
    <updated>2011-05-08T12:43:10Z</updated>

    <summary>1.海底１０ｍ削られ、７６ｃｍ地盤沈下...気仙沼読売新聞 4月3日(日)18時...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gitmonster.com/radical_talk/blog/">
        <![CDATA[<b>1.海底１０ｍ削られ、７６ｃｍ地盤沈下...気仙沼</b><br /><br />読売新聞 4月3日(日)18時3分配信<br /><br />東日本大震災で、津波が宮城県気仙沼市の気仙沼湾の海底を最大１０メートル削ったとする調査結果を３日、大阪市立大の原口強准教授（５４）（地質工学）のグループが発表した。<br /><br />同市で７６センチの地盤沈下もみられるとしている。<br /><br />３月２７日～４月１日に行った音波で海底を探査し、地形や沈んでいる物の形状などを調べた。津波による水流が湾内を大きく削り、その土砂が陸に運ばれたことが分かった。漁船やつぶれた燃油タンクなどが沈んでいることも確認された。港は船が入港するには十分な深さがあるという。<br /><br />また、地震でプレート（岩板）が動いたことで、地盤沈下も気仙沼市一帯で起きていた。数か月～数年間に再び隆起する可能性があるという。<br /><br />（引用ここまで）<br /><br />先日先遣で行ったときに「う、なんか岸壁が低い（水面と岸壁の離隔が少ない）かも」と思っていたが、なるほど76cmの沈下。<br />いずれある程度戻る（その時にはまたそこそこの規模の地震が発生するかも）のだが、それまでは満潮時や台風時に岸壁やその背後の敷地が浸水する。上屋や構造物を復旧すればそれで済む、という問題ではないのだ。<br />6月には漁港機能を復旧させたい、との話もあるが...岸壁をこれまでと同様に使うことはできない。地域の漁港・港湾機能の段階的利用を踏まえた大幅な再編が必要となる。<br /><br />----------<br /><br /><b>2.新聞紙・おがくず投入も水流出減らず...福島原発</b><br /><br />読売新聞 4月3日(日)17時55分配信<br /><br />福島第一原子力発電所２号機の取水口付近にある立て坑（ピット）の亀裂から放射線量の強い汚染水が海に流出した問題で、経済産業省原子力安全・保安院は３日午後５時半頃、記者会見を開き、流出を防ぐため、立て坑の上流側にある管に、新聞紙やおがくず、水を吸収すると体積が膨張する化学物質「高分子ポリマー」などを注入したと発表した。<br /><br />汚染水の流出量の減少は認められなかったが、４日朝まで状況の変化を監視し、効果を見極めたいとしている。<br /><br />立て坑は電源ケーブルの点検用に設けられたもので深さ約２メートル。２日午前９時半頃、強い放射線を放つ汚染水が中にたまり、立て坑の側面にある亀裂（約２０センチ・メートル）から海に流出しているのが見つかった。<br /><br />東京電力は２日夜、亀裂を塞ぐ応急処置として立て坑に生コンクリートを注入。汚染水の流出量を確認したが、流出量は変わらなかったため、新たに高分子ポリマーを流し込む止水方法が検討された。<br /><br />東京電力によると、３日午後１時４７分から、立て坑の上流側にある管に高分子ポリマーを８０袋、ちぎった新聞紙を入れたゴミ袋状の袋３袋、おがくずなどを投入した。<br /><br />（引用ここまで）<br /><br />高分子ポリマまではまだわかる（結局他のところからあふれるようになるだけだが）。新聞紙入りゴミ袋、おがくず、というのは何なんだ。その前のコンクリート投入も含めて、やけくそでやっているようにしか思えない。<br />東電はもう諦めているような気がする。<br /> ]]>
        
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    <title>「想定すること」なんてできるのか - RADICAL TALK</title>
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    <published>2011-04-02T11:39:39Z</published>
    <updated>2011-05-08T12:43:45Z</updated>

    <summary>僕らが当たり前と思っていたことは、全て一瞬で失われてしまうぜい弱なものだった。先...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gitmonster.com/radical_talk/blog/">
        <![CDATA[僕らが当たり前と思っていたことは、全て一瞬で失われてしまうぜい弱なものだった。<br /><br />先遣調査で気仙沼と女川へ。<br />岸壁は意外と被害は限定的（ただ、やられている場合は徹底的）。防波堤は壊滅的。<br />そして、地域全体の標高が下がっているという話もある。この場合、被害の少ない岸壁や堤防もその機能は相対的に低下している（水面との離隔が小さくなっている、ということ）ので、最終的な被害規模というのはわからない。<br /><br />街全体が消え去ってしまったという衝撃。そこに身を置いてみてもそのスケールの大きさを理解することができない。<br />「想定外の」という言葉に逃げるな、という意見もある。しかし、これほどの大災厄を想定することは難しい。これだけの事象を本当に想定できるのか？それは人間の思い上がりだ。<br /><br /><a href="http://www.flickr.com/photos/nkss/5581322030/" title="R0013854 by gitmonster, on Flickr"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5016/5581322030_5732c3251c.jpg" alt="R0013854" height="375" width="500" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.flickr.com/photos/nkss/5581344638/" title="R0013921 by gitmonster, on Flickr"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5057/5581344638_186415bb23.jpg" alt="R0013921" height="375" width="500" /></a><br /><br />2011/03/29　気仙沼市<br /><br />一関ICから一時間半ほど、トンネルを抜けて漸く気仙沼の市街地へ。どれほどの光景が広がっているのか、覚悟を決めてトンネルを抜けたが意外と通常の光景、建物の倒壊などはみられない（中は大変なことになっていたかもしれないが）。人も結構歩いている。少し拍子抜けしたまましばらく進み、ある交差点を抜けた途端、車は砂煙に包まれた。<br /><br />横倒しの車、信号はもちろん点いていない。セピア色の街並み。瓦礫の中に立ち尽くす人々。<br /><br />「映画のセットのようだ」本当にそう思った。どのようにすれば、ひとつの街をここまで破壊しつくすことが出来るのかが想像できない。意図的に瓦礫を積み重ね、砂を撒き、エキストラを雇入れ...そうでもしなければこの光景を実際につくりだすことはできない、そう思った。<br /><br />テレビでみるような瓦礫の山、これらは浸水区域の端部のものだ。もっと海沿いでは瓦礫は少ない。「引き波」で持って行かれてしまったのだ。かろうじて残った一部の建物、そして巨大なタンク。それらをアクセントとしながら平坦な空間が広がる。<br /><br />2011/03/30　女川港<br /><br />仙台から高速を使い、石巻経由で女川港へ。<br />石巻の市街地も同じ色だった。<br /><br />前日の気仙沼港では、直接漁港区域・港湾区域に入ったので居住地帯の様子はわからなかった。<br />しかし今回はその中心を通る。道路脇に積み重なる瓦礫、突き出す鉄骨、木の柱。それを避けながら車を進める。瓦礫の中にまだ漂っている生活感。<br /><br />そして女川港へ。鉄筋コンクリート造の建物すら横倒し。捜索はまだ続いているようだ。<br />足元に転がるキャスターバッグのチャックは開き、中の着物を撒き散らしている。カラスが空を舞う。<br /><br /><br /><a href="http://www.flickr.com/photos/nkss/5581322668/" title="R0013873 by gitmonster, on Flickr"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5301/5581322668_b6aed25677.jpg" alt="R0013873" height="375" width="500" /></a><br /><br /><a href="http://www.flickr.com/photos/nkss/5581324322/" title="R0013896 by gitmonster, on Flickr"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5060/5581324322_63f6980e6a.jpg" alt="R0013896" height="375" width="500" /></a><br /><br />津波や原発、「想定の範囲を大きく越えるもの」「制御できないもの」にどう対峙すればよいのか、正直言って迷っている。<br />ただ、このフレーズは大事だと思う。「同じ過ちは繰り返さない」、そうして人間は前に進んできた。今回も津波災害に対してはそれなりの経験を得、対策を取ることができるはずだ。<br /><br />ただし、原発問題は「取り返しのつかないこと」であるのだが。<br /><br />]]>
        
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    <title>Anger in Egypt - RADICAL TALK</title>
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    <published>2011-01-30T10:25:14Z</published>
    <updated>2011-01-30T10:36:31Z</updated>

    <summary>サッカーアジア杯は良かった。ただし、同じタイムラインで「革命」が進行している。世...</summary>
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        <![CDATA[サッカーアジア杯は良かった。ただし、同じタイムラインで「革命」が進行している。世界は広い。<br />行き過ぎた資本主義経済から生まれた不条理が世界を覆う。そうした中、「勝ち組」に入ろうとするか、そのシステム自体をひっくり返しに行くのか、方法論は多様である。前者は日韓、後者はチュニジア・エジプトが代表。<br /><br /><br /> <iframe title="YouTube video player" class="youtube-player" type="text/html" src="http://www.youtube.com/embed/ThvBJMzmSZI" allowfullscreen="" width="640" frameborder="0" height="390"></iframe><br /><br /><a href="http://english.aljazeera.net/indepth/spotlight/anger-in-egypt/">Anger in Egipt(Al Jazeera)</a><br />]]>
        
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    <title>[贈与論を読む01]はじめに - RADICAL TALK</title>
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    <published>2011-01-22T15:02:01Z</published>
    <updated>2011-01-22T15:03:43Z</updated>

    <summary>上司は言います。「それは儲かるのか」そう問うのは当然でしょう。生きていくには仕事...</summary>
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    <category term="贈与論" label="贈与論" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[上司は言います。<br /><br />「それは儲かるのか」<br /><br />そう問うのは当然でしょう。<br /><br />生きていくには仕事をし、収入を得ることが必要でしょう。<br />「自分の好きなことをして生きていきたい」それは自分の腕でそれなりの収入を得ることができるようになってから言えばいいと思います。<br /><br />とはいえ、仕事を「お金を稼ぐ手段」として割り切るのも何かさびしい。だからといって、「自己実現」というのも、「お金」が所謂「名声」「自己満足」に置き換えられただけのものではないでしょうか。<br /><br />現実的でなくても、決して生活を楽にするものでなくても、「まあ、お金のためだけにやっているわけではないから」と割り切れるような、そんなロジックというか、マントラ、そういったものを手に入れたいと思っていました。<br />「社会のため」とか直接的な、わかりやすいものでなく、聞いた人が「な、何それ？」と半笑いで返してくるような、そんな一ひねりした言い回しがほしい、と思っていました。<br /><br />そんなときに出会ったのが「贈与」というキーワード。「僕はお金のためだけに仕事しているわけではないのですよ。僕は自分の能力を社会に贈与しているのです」、どこか哲学的でいいですね。少し鼻高々に言っている、自分の姿が浮かびます。<br />損得で考えれば「損」な生き方でしょう。ただそれは言い方でなんともなります。「自己犠牲」や「献身」は我慢・無理しているイメージです。自分の欲望を抑制して、えらいなあ...でも生きてて辛そうです。それを見て、俺も真似しよう、と思うことは正直まれだと思います。<br />「僕は自分の時間や能力を贈与している」、同じことをしていたとしても、偉そうです。楽しそうです。ちょっと真似したくなりませんか？<br /><br />「贈与」、やや偉そうな響き、それはどのような意味を持った言葉なのか...モースの「贈与論」という本、僕はどのように読んだか、その状況を何回かに分けて書き留めていこうと思います。<br /><br />ということで、本エントリーのタイトルは[贈与論を読む01]、しかも「はじめに」としています。<br />イメージは宮沢章夫「時間のかかる読書」、短編小説を11年かけて読む、というとんでもない本です。ちょっとそこまでは大変なので、長くて数か月、その程度のスパンで考えていこうと思います。<br /><br />ただ、僕はいつも数冊の本を並行して読んでいます。仕事も結構忙しいです。<br />果たして次のエントリーはいつになるのか。<br />違う本について語りだすかもしれません。<br />次は「読み終えました」というエントリーかもしれません。<br />あるいは、もしかしたらこれっきりかもしれません...<br /><br />（続くと思う）<br /><br /> ]]>
        
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    <title>次の部屋 - RADICAL TALK</title>
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    <published>2011-01-09T12:04:01Z</published>
    <updated>2011-01-09T12:11:19Z</updated>

    <summary>通路の向こうに何かが見えた。東京国立博物館の本館がリニューアルオープン。雪舟も出...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gitmonster.com/radical_talk/blog/">
        <![CDATA[通路の向こうに何かが見えた。<br /><br />東京国立博物館の本館がリニューアルオープン。雪舟も出ている、ということで足を運んだ。<br />一般に美術館・博物館は多くの部屋が連なっている構成であり、部屋ごとに設定されたテーマに基づき展示品が並べられている。それらの部屋に入った瞬間、ハッとさせられるのが醍醐味である。<br /><br />雪舟の部屋に入った瞬間、あれっと思った。とっても小さいんだね秋冬山水図。日本画と言えば掛軸・屏風に大胆に描かれたダイナミックなイメージがあったので多少困惑。でも、良く見てみるとその物理的な大きさとは関係ないスケールの大きな作品であることがわかる。限られた空間に凝縮されたエネルギー。<br /><br />そしてふと左を見ると、次の部屋に何かが。<br /><br /><a href="http://www.flickr.com/photos/nkss/5338380417/" title="R0013735 by gitmonster, on Flickr"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5041/5338380417_f0838de5b2.jpg" alt="R0013735" width="500" height="375" /></a><br /><br />東博の場合、各部屋が数珠つなぎになっており次の部屋の展示がちらっと見える。「あれは何？」とはやる気持ちを抑えながら今いる部屋を見て回る。そして次の部屋に。「ああさっきのはこれか！」とようやく巡り合えた喜びを感じる（大げさですね）。こうした感情を東博では味わうことができる。<br /><br />ちなみに、東博で最も好きなのは法隆寺宝物館。薄暗い部屋の中に規則的に配置された仏像。その前に立つと心を吸い取られそうになる。<br /><br /><br /> <a href="http://www.flickr.com/photos/nkss/5338990570/" title="R0013732 by gitmonster, on Flickr"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5125/5338990570_f47fe1320d.jpg" alt="R0013732" width="500" height="375" /></a>]]>
        
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    <title>時を忘れて - RADICAL TALK</title>
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    <published>2010-12-05T04:00:14Z</published>
    <updated>2010-12-05T04:02:26Z</updated>

    <summary>これから鹿児島（仕事です）。恥ずかしながら、生まれてこの方桜島に正面から対峙した...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gitmonster.com/radical_talk/blog/">
        <![CDATA[これから鹿児島（仕事です）。恥ずかしながら、生まれてこの方桜島に正面から対峙したことが無かったので楽しみ（仕事です）。初めての桜島。<br /><br />はじめてと言えば、先日神戸空港を初めて使った。大阪の橋本知事にいじられるのも仕方が無い。展望スペースからは滑走路・エプロンの舗装がぺたぁっと広がっている光景のみ。飛行機がいないんだから。<br /><br />そして本題。<br />先週、腕時計を電池交換に出したらカレンダーが特殊なので（高級品というわけではない）メーカーでの作業になる、ということで２～３週間は腕時計無し。<br />携帯電話を時計代わりに使う人もいるようだが、僕の場合は携帯電話は大抵カバンの中なので時間を見るためにいちいち取り出すこともない。<br /><br />職場にいるときは壁掛けの時計があるので時間の経過はすぐにわかるが、問題は休日に喫茶店や外出先で仕事や読書をしているとき。いつもは時計を見ながら「だいたい何時くらいまでにこの作業を」とか「そろそろ止めようかな」とか考えているが、時計の無い状態だと...結構集中できるのである。<br /><br />時間は集中を削ぐ要素でもあるようだ。もちろんタイムリミットが決まっている仕事は時間をみながら進める必要があるが、リミットよりも完成度・充実を求める場合は時計を持たず（見ず）に、目の前のことに没頭してしまうのが良い。文字通り「時の経つのも忘れて」という環境に身をおいてしまうのである。<br /><br />そうは言っても、腕時計の無い生活も不便である。街中の時計で時間を確認しようとしても、意外と時計は少ない。近くの人に「今何時ですか」と聞くのも（聞く度胸もないけど）怪しい。だからケイタイで代用すれば良いのだけれど、例えば飛行機の中で見ることができないということもあるので先ほど懐中時計（？）を一つ購入。<br /><br /><br /><a href="http://www.flickr.com/photos/nkss/5233491716/" title="R0013563 by gitmonster, on Flickr"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5126/5233491716_649c86d077.jpg" alt="R0013563" height="336" width="448" /></a>]]>
        
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    <title>マスター、いつものを頼む - RADICAL TALK</title>
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    <published>2010-11-23T07:54:59Z</published>
    <updated>2010-11-23T08:06:14Z</updated>

    <summary>イチローの朝食と言えば以前はカレーライス、今は「トーストとそうめん」という話は有...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gitmonster.com/radical_talk/blog/">
        <![CDATA[イチローの朝食と言えば以前はカレーライス、今は「トーストとそうめん」という話は有名。なぜその組み合わせか、という点については個人の好みの問題なので「ああそうなのか」という程度で止めておくのが妥当。<br />この「生活の定型化」は、毎日何にしようかという思考の簡略化、慣れないものを食べて体調を崩すというリスク回避、という意図があるとして持ち上げられている。ただ、朝の生活パターンはたいていの人が定型化されている。僕も毎朝7時半に朝マックでフィレオフィッシュのセットを食べる（たまにホットドックのセットになったりするが）。昼は九州屋のヘルシー弁当（たまにカレーライスになったりするが）、夜は週3日が野菜炒めだ（たまにカレーライスになったりするが）。そのわりにはプロポーザルの打率は...（汗）<br /><br />...ともあれ、「定型化」は今流行の業務効率化を進める上で大切な要素である。僕の職場でも、日々の仕事をルーチン化して生産力UP！というノリがある。一理あるのでとやかくは言わない。<br /><br />政治の世界でも無駄の廃絶に向けて「定型化」が進められている。国会審議を効率的に進めるために、大臣の答弁をたった2つのフレーズで事足りるものとしたのだ。これなら事前に想定問答を考える必要も無いし、答弁内容が誤解されてその釈明に手間を取られる必要も無い。<br /><br />業務効率化のための定型化と答弁の定型化、同じような工夫である。それでもなぜ異なる受け取られ方をするのか。<br />それは、「定型化」が仕事の依頼主（クライアント）に対してどのようなメリットをもたらすのか、という点にあると思う。<br /><br />製品の生産・サービス業務の定型化により、低コスト化やサービスの迅速化、品質の安定がもたらされるのであれば、それは賞賛されるだろう。<br />しかし、国会答弁の定型化は大臣本人の省力化のためだけのものである。ともすれば、政治プロセスのブラックボックス化に繋がるおそれがある。これは国民に対するデメリットが増加する可能性がある、という点で非難の対象となる。しかし、そもそも国会審議なんて無駄話ばかりではないか、国会審議時間の短縮、という点では答弁の定型化も一つの策...<br /><br />まあ、「手間を掛ける」という面があった方がお互いの関係性にとって良い。だから効率化・定型化の部分はナイショにしておくことが望ましい（大人の意見）。<br /><br />なぜ突然定型化の話を書いたか...僕は気分を切り替えるために時々京都に行く。そしてある決まったコースを回るのだ（それは後日「男の京都一人旅」として紹介するかも）。ちょうど昨日大阪で打合せがあり、今日は京都に立ち寄って、と思っていたが今は紅葉シーズン真っ盛り。逆にストレスフルな状況に陥ることが予想され、退散を余儀なくされたことがきっかけ。 ]]>
        
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